2011年7月9日土曜日

常磐線に乗る

今日はピアノコンクール予選審査のため日立市に出張するので朝から忙しい。
川越に住んでいるので、東上線、山手線、常磐線とのり継いで行く。常磐線スーパー日立の自由席が空いているとずいぶん楽になるのだが、果たしてどうだろうか。今回の大震災では常磐沿線は大きな被害にあった。あまり報道されないが
勿来もかなりの被害があっただろう。勿来には勤務していた大学の保養施設があった。古びていて素朴なせいか、関係者の利用が少なくいつも空いていた。うちの家族と松本の親戚の2所帯で毎年のように利用して、海水浴や自炊の海鮮料理を楽しんだ。それに歴史に残る「勿来の関」にも足を運び、資料館のビデオを見ながら応時を思い浮かべるのが楽しみであった。放射能の影響で、今年は勿来での海水浴場は開けないだろう。隣の平潟港にも良く行った。平潟港は詩人野口雨情の家の近くで、有名な歌曲「波浮の港」は実は平潟港がモデルであったという。このことは先年私が雨情の実家を訪ねた時、孫から直接きいた話である。
雨情は詩人でもあるが童謡作家としても名を残した人である。童謡「しゃぼん玉」は雨情が四国に出張中に、2歳になる女の子が亡くなったという電報を受け取り、その悲しいこころを後年になって書いたという。だから「しゃぼん玉」は幼い命がしゃぼん玉のようにすぐに消えてしまったという悲しい曲なのだ。
この曲を楽しそうに軽々しく歌ってしまっては全く意味がなくなってしまう。雨情の悲しさを十分感じ取ったうえで歌いたいものだ。

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